前回の記事で、「高齢者にとって、筋力を維持することが健康寿命を延ばす鍵」であることを紹介しました。
しかし、多くの高齢者には、どうすれば筋力を維持できるか、分かりませんね。「私には、筋トレなんてとても無理」と考えられる高齢者も多いと思います。
健康で自立した毎日を送り続けるためには、どのような運動を、どのくらい行えばよいのでしょうか?
今回は、世界最高峰の保健機関であるアメリカ疾病予防管理センター(CDC)の指針に基づき、科学的根拠のある運動習慣について詳しく解説します[1]。
1. CDC「Physical Activity Basics」の活動
CDCはアメリカ合衆国の政府機関の一つで、感染症対策の総合研究所です。感染症対策だけでなく、心臓病、2型糖尿病、がん、肥満、認知機能の低下といった慢性疾患の予防を重要課題として掲げています。
CDCが推進するPhysical Activity Basics(身体活動の基本)は、国民の慢性疾患(心臓病、2型糖尿病、がんなど)を予防し、メンタルヘルスや認知機能を向上させることを目的としています。
今回は、CDCが推進するPhysical Activity Basics(身体活動の基本)を紹介します。主に高齢者に推奨される運動を解説します。
2. 高齢者に推奨される運動の推奨事項
65歳以上の方は、体の強さを維持するために、毎週以下の3つの要素を組み合わせる必要があります。
- 有酸素運動: 心臓や肺の健康を維持します。
- 筋力強化活動: 日常動作(階段や立ち上がりなど)を支える筋肉を鍛えます。
- バランス向上活動: 転倒を防止し、怪我のリスクを減らします。
3. 高齢者に推奨される運動の具体的なスケジュール
運動は「週単位」で考えると分かりやすくなります。
例1:ウォーキング中心型
- 中強度の有酸素運動(早歩きなど)を週150分(30分×5日)
- 筋力トレーニング:週2日以上(脚、腰、背中、腹部、胸、肩、腕の主要な筋肉群をすべて鍛える)
- バランス運動:かかとからつま先への歩行や、椅子からの立ち上がり運動など
例2:体力に余裕がある場合
- 高強度の有酸素運動(ジョギングなど)を週75分(15分×5日)
- 筋力トレーニング:週2日以上(脚、腰、背中、腹部、胸、肩、腕の主要な筋肉群をすべて鍛える)
- バランス運動::かかとからつま先への歩行や、椅子からの立ち上がり運動など
例3:現実的なミックス型(おすすめ)
- 中強度と高強度を組み合わせた同等の運動量
- 筋力トレーニング:週2日以上(脚、腰、背中、腹部、胸、肩、腕の主要な筋肉群をすべて鍛える)
- バランス運動::かかとからつま先への歩行や、椅子からの立ち上がり運動など
重要なのは、運動はまとめて行う必要がない点です。柔軟さが継続の鍵です。
- 1日10分×3回でもOK
- 家事や買い物も運動に含まれます
4. 「自分に合った運動強度」の見極め方
CDCでは、運動の強さを「中強度」と「高強度」に分けて説明しています。これを判断する最も簡単な方法が「トークテスト(発話テスト)」です。
| 強度 | 体感の目安 | トークテストでの見極め | 具体例 |
| 中強度 | じんわり汗をかき、心拍数が少し上がる状態。 | 会話はできるが、歌うことはできない。 | 早歩き、平地でのサイクリング、水泳など。 |
| 高強度 | 息が強く上がり、心拍数が大幅に増加した状態。 | 息が切れて、数語以上の言葉を続けて話せない。 | ジョギング、ランニング、重い荷物を持っての坂道歩き。 |
留意点
- 運動を始めたばかりの方や、体重が気になる方、活動的でなかった方は、まずは中強度の活動から始めることが安全です。
- 「少しの活動でも、全くしないよりは良い」という原則を忘れず、自分の体調に合わせて調整してください。
5. 高齢者に推奨される具体的なトレーニング方法
「ジムに通わなければ」と難しく考える必要はありません。日常の中でも、工夫次第でトレーニングできます。
CDCのガイドラインに基づき、外出が難しい日でも自宅で安全に行える「椅子を使ったエクササイズ」の具体例と、運動強度の自己判定法について解説します。
1) 自宅でできる:椅子を使ったエクササイズ(筋トレ、バランス運動)
階段の上り下りや長距離のウォーキングが難しい場合でも、椅子を活用することで安全に主要な筋肉を鍛えることができます 。
① チェア・スクワット(下半身の筋力強化)
足腰の筋力を維持し、自立した生活を送るために最も重要な動きの一つです。
- 椅子の前に立ち、足を肩幅に広げます。
- ゆっくりとお尻を下げ、椅子に座る寸前で止めます(難しい場合は一度座っても構いません) 。
- 足の裏全体で地面を押し、ゆっくりと元の立ち姿勢に戻ります。
- これを10〜15回、1~3セットとして行います。

② エアプレーン・ストレッチ(柔軟性、バランス運動)
上半身の可動域を広げ、姿勢を整えるのに役立ちます。
- 椅子に深く腰掛け、背筋を伸ばします。
- 両腕を真横に、飛行機の翼のように広げます。
- そのまま上半身をゆっくりと左右にひねり、脇腹や背中の伸びを感じます。
- 呼吸を止めずに、左右交互に行います。
- これを10〜15回、1~3セットとして行います。

③ 片足立ち(バランス運動)
転倒リスクを軽減するための重要なトレーニングです。
- 椅子の背もたれに手を添えて立ちます。
- 片足を地面から少し浮かせ、そのまま30秒程度キープします。
- 反対の足も同様に行います。
- これを1~3セットとして行います。

④ トレーニングチューブを使った筋力トレーニング
CDCのガイドラインで触れられている方法ではありませんが、トレーニングチューブを使用した筋肉トレーニングはリハビリやトレーニングの現場で良く使用されています。
チューブを使用した筋トレはトレーニング効果が高く、体への負担が少ないので、高齢者にはお勧めです。
特に米国のHygenic(ハイジェニック)社から販売されているセラチューブは非常にポピュラーな製品です。強度が高いタイプでも伸縮性が高いので、高齢者でも使いやすいです。
バンドタイプのセラバンドはチョコレート臭があるので、臭いに敏感な方は臭いが少ないチューブタイプのセラチューブをお勧めします。私は、最も強度の強い「グレー」を日々のトレーニングに使用していますが、体力に自信のない方は、少し強度の弱いタイプが良いかもしれません。
販売店のホームページには、椅子とトレーニングチューブを使用したマニュアルが掲載されています[2]。
https://www.sakaimed.co.jp/contact-us/topics/product_column/therabandmanual
2) 運動を習慣化するためのヒント
- 日常動作を味方にする: 階段の上り下り、買い物、庭の手入れや食料品の運搬なども、立派な身体活動です。
- 天候に左右されない: 暑すぎたり寒すぎたりする日は、無理に外出せず、ショッピングモールでのウォーキングやオンラインプログラムを活用してください。
- 小さく始める:椅子運動からでもOKです。
- 多様な運動を取り入れる:飽き防止やケガ予防になります。
まずは今日、テレビを見ている間の「5分間の椅子エクササイズ」から始めてみませんか?
6. 健康上のメリット
定期的な身体活動には、数多くのメリットが証明されています。
- 慢性疾患の予防: 心臓病、糖尿病、肥満などのリスクを低減し、管理を助けます。
- 自立の維持: 筋肉が強くなることで、他人の助けを借りずに日常生活を送れる期間が延びます。
- 脳と心の健康: 認知機能の改善や、メンタルヘルスのサポートに役立ちます。
7. 安全に続けるための重要な留意点
安全に、かつ効果的に続けるために以下のことを守りましょう。
- 基本ルール:痛みが出たら中止、無理をしない、徐々に強度を上げる。
- 「不活動」を避ける: 推奨量に達するのが難しい場合でも、座りっぱなしを避け、能力の範囲内でできるだけ動くことが最も重要です。
- 無理のない再開: 病気や旅行で中断した後は、低いレベルから始めて徐々に元のペースに戻します。
- 持病がある場合: 関節炎や心臓病、障がいがある場合でも運動は推奨されます。ただし、事前に医師に相談し、自分に合った安全な計画を立ててください。
- ジムで筋力トレーニングを行うことも有効な方法です。この場合には、少なくとも最初のうちはトレーナーレッスン指導を受けられるジムを選ぶようにしましょう。自己流でマシーンを使用すると、トレーニング効果が弱まるばかりでなく、体を痛めることになります。

おわりに
運動は、若い人のためのものではありません。
むしろ高齢者にとっては、「生活を守るための最も重要な習慣」です。
CDCのメッセージはとてもシンプルです。「始めるのに遅すぎることはない」
参考にした資料
[1] アメリカ疾病予防管理センター(CDC). Physical Activity Basics(身体活動の基本).
https://www.cdc.gov/physical-activity-basics/guidelines/older-adults.html[2] 酒井医療株式会社. セラバンドエクササイズマニュアル. https://www.sakaimed.co.jp/contact-us/topics/product_column/therabandmanual/
